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レガシーシステムと私。

B.System 増永 透

IT業界に幽霊が出る。レガシーシステムという幽霊である・・・。

レガシーとはLegacy、英和辞典を引くと「遺産、遺物、先祖伝来のもの」などと訳されている。よく見かける例文は「a legacy of hatred = 先祖伝来の恨み」である。IT業界では「時代遅れとなった古いシステムのこと。主にコンピュータシステムを指して用いられる。」(IT用語辞典「e-Words」より)と説明されている。

私は長い間、大型汎用機、今で言うところの「メインフレーム」と呼ばれるコンピュータの世界で仕事をしてきた。私がプログラマとして働き始めた80年代前半は、パソコンはまだ非力で、本格的なシステムの道具としては使い物にならず、オフコンと呼ばれる小規模な事務業務アプリケーション用のマシンもあるにはあったが、企業のコンピュータシステムといえば、多くの場合メインフレームでの一極集中型システムを指していた。王道だったわけである。周辺のこまごまとしたシステムは、すべからくメインフレームを中心に構築されるべきものであった。その在りようは現代の国際社会におけるアメリカ合衆国のようでもあり、芸能界におけるスマップのようでもあった。

しかし諸行無常盛者必衰。ただ春の夜の夢のごとし。「ダウンサイジング」だの「オープンシステム」だの「クライアント・サーバーシステム」だのと、年代とともに様々な呼ばれ方で登場してきた「脱メインフレーム」の流れの中で、メインフレームによる一極集中型システムはいつしかレガシーシステム、つまりは「遺物」の代表として語られるようになってしまった。

90年代半ば、ある会議で初めてこの言葉を聞いた私は、それがどういう意味なのか、ましてや自分達の作ったシステムがそう呼ばれているのだということすら解らないまま、勉強不足だと思われてはマズイので、「はあそうですね」などと意味なく薄ら笑いを浮かべていた。自分のデスクに戻りその意味を調べた私は、「遺産・遺物」という言葉に愕然とし、自分が、東大寺大仏殿の天井の梁に名前を落書きした飛鳥時代の大工さんになったような気がしたものである。

そして昨今、その「レガシー」の波はとうとうWindows98をも飲み込んだようである。一時は2004年1月でマイクロソフトのサポートが打ち切られるところであったWindows98。しかし未だ相当数にのぼるユーザー(特に企業ユーザー)の存在が結果的には2006年までサポートを延長させた。先日読んだIT関連のある記事では、ついにこのWindows98もレガシー呼ばわりされ始めていた。この新レガシー(車の名前みたいだ)と本家レガシーの共通点は、ともに安定稼動している業務アプリケーションがあり、おいそれとはリプレイスできないというところである。もっとも、簡単にリプレイス可能ならば、レガシーと呼ばれる前に消えていることだろう。爆発的に広がった後安定稼動に漕ぎ着けたシステムだけが、いつかレガシーシステムと呼ばれることになる。そういう意味では、かつて私が「愕然」としたのは間違いで、名誉の殿堂入りとでも考えたほうがいいのかも知れない。

本家レガシーは30年以上の時間をかけてレガシーと呼ばれることになったが、新レガシーは10年もかかっていない。そしてその間隔は今後ますます短くなって行くことだろう。


Update 2004.03.14


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